【2020】東日本大震災から9年。仙台の献花台や県内各地の3.11の様子

【2020】東日本大震災から9年経った宮城県3.11の様子

2020年3月11日で、東日本大震災から丸9年が経ちます。

亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また、被災された方々にも心よりお見舞い申し上げます。

こちらの記事では、微力ながら3.11に関する仙台市内での様子や情報を発信することで、これから先も復興支援の輪が広がればと思いを込めています。

仙台の献花台(勾当台公園)

2020年 宮城県の3.11▲勾当台公園市民広場の献花台の様子

2020年は新型コロナウイルスの影響で、政府主催の追悼式は中止となりましたが、宮城県では複数の場所で献花台を設置しています。

仙台市内の献花台(自由献花)は、以下の場所で設置されています。

  • 宮城県庁(行政庁舎)2階講堂 
  • 勾当台公園市民広場
  • 宮城野区役所
    (宮城野体育館は遺族や招待者のみ自由献花)
  • 若林区役所
  • 泉区役所

午前9時開場・献花が開始、午後2時46分に黙祷、午後5時に閉場します。

仙台市外の献花台は、こちらの記事に詳細が載っています。

2020年 宮城県の3.11

勾当台公園で係の方にお話を伺うと、例年であれば勾当台公園で「3.11キャンドルナイト」が行われるそうですが、今年は新型コロナウイルスの影響でイベントは中止。

感染予防のため、献花台周辺での混雑を避けるために例年より献花台を3倍の規模に拡大しているそうです。この日は、テント3台に献花台が3台設置されていました。

各テントに感染予防の消毒スプレーもありました。

2020年 宮城県の3.11

仙台市内の役所や勾当台公園の献花台は自由献花(無宗教方式)で、誰でも無料で参加・献花できます。

服装は自由(普段着の方がほとんど)で、ベビーカーや車椅子の方でも来場しやすい場所にあります。

県内各地の3.11の様子

宮城県内の3.11の様子をSNSの情報を元にまとめてみました。

県内各地では、黙祷を捧げた14:46前後に虹が出ました。

芸人サンドイッチマンのお二人は、今年も宮城県や福島県に多額の寄付をしています。

サンドイッチマンが過去に東北復興支援のために寄付した額は、総額で4億円以上にもなるそうです。

3.11に対する企業の対応

Yahoo! JAPANでは、ヤフーで「3.11」と検索すると1人につき10円、同社より復興支援の寄付が行われます。(3月11日限定)

全国のディズニーストアでは、3月11日から購入者にオリジナル割り箸がプレゼントされます。

こちらの割り箸は、国産木を使用して宮城県南三陸町で製造されています。

全国のミニストップ(イオングループ)では、3月9日~11日の3日間、ソフトクリームを食べるとその売上の1%が岩手、宮城、福島に寄付されます。

同じくイオンとイオンスタイルでは、3月9日~11日の期間中に発行される黄色いレシートを店内の専用BOXに投函すると、売上の1%が岩手、宮城、福島の子どものために寄付されます。

他にもたくさんの企業や団体で復興支援活動をされています。

一人ひとりが身近にある活動やキャンペーンを応援することで、1日でも早く復興へと繋がると思います。

私の3.11とこれからの想い

2019年4月に仙台市に移住した私にとって、今回が初めて宮城県で迎える3.11でした。

夫の実家は宮城県栗原市の山間部にありますが、震災当時、家の中はぐちゃぐちゃになってしまいました。夫の母方の祖父母宅も同市にあり、こちらは全壊してしまいました。

私たち夫婦(当時は学生)は震災当時、海外に居住していたためニュースで震災を知ることになりました。もちろん夫はすぐに自宅に連絡しましたが繋がりませんでした。

夫の家族と連絡が繋がったのは、震災発生から2週間後でした。連絡が繋がるまでのあいだ、とても不安な日々を過ごしていたのを今でも覚えています。(被災された義両親はもっと大変な日々だったはず)

私は広島市の出身ですが、8月6日は広島平和記念日(広島に原爆が投下された日)で、毎年追悼式が行われ、黙祷が捧げられています。70年以上たった今でも毎年、戦争で亡くなられた方々や被爆された方々の痛みを感じています。

東日本大震災から今年で9年。長く苦しい9年でもあり、これからも被災された方々の苦しみ、大切な方を失った悲しみが癒えることはないでしょう。失われた人や物を取り戻すことはできず、残された私たちはその苦しみや悲しみを背負って生きていかなければいけません。

大切なのは、その悲しみや苦しみを忘れずに後世に残し、教訓を生かすことだと思います。そうすることで、被災された方々の無念を少しでも和らげることができるのではないかと私は考えています。

そのために、私はこのブログを通して、1人でも多くの方が記事を読んでくれて、なにかの形で復興支援に繋がってくれればと願っています。もちろん、私自身これからも自分にできる活動や協力を精一杯していきたいと思います。